アカシックsickしくしく

ぜんぶここにある

ボムへいのせんじょう

 

アカシックレコード屋さんに行ってきた。

そこには世界の起源から今に至るまでの出来事が全て記されているらしい。

 

店内は宇宙みたいに暗く無限なのだろうか。大きくて小さな光の点が遠くに見えたり見えなかったり。惑星くらいのクジラみたいな生き物が泳いでいたりするのだろうか。

そんなことを考えて、少しワクワクしたりしなかったり。

 

そんな想像とは裏腹に、店内は異様なほどに明るく広く、だけれど無限というわけではなく。

モノクロタイルの床に深紅の絨毯が敷いてあったり、壁にポップな山と空と笑顔の雲が描かれていたり。どこかで見たことのあるような。しかし原始というにはあまりにも今に近い景色。そう、それはたしかに今を生きる私の記憶の中にある。

マリオ64のピーチ城じゃん」

マリオ64のピーチ城だった。

アカシックレコード屋さんはマリオ64のピーチ城なのか?

コツコツと足音を響かせながら、入口から左手側の壁沿いに進み、階段を数段登った先にある星のアイコンが描かれた木製の扉を開く。

記憶が正しければこの先には……

 

ボムへいのせんじょう』

 

青い空の下、小さな足の生えた爆弾たちが行進をしている、そんな絵画が1枚飾られただけのだだっ広い部屋。

たしかに私はこの景色を知っている。でもなんだか期待していたものとは違うかも。

アカシックレコードなのだから、もっとこう、世界の始まりや生命の起源だとか、そういったものが、モノリスだとかロゼッタストーン的な物に記されていたりするものだと思っていた。

よりにもよって、ボムへいのせんじょうだなんて。

 

小学校低学年の頃。何がなんだかわからないまま、ニンテンドー64と一緒に、じいちゃんの家に数日預けられていたことがあった。

当時はゲームボーイしか持っておらず、ポケモン以外のゲームをプレイしたことがなかった私と。家になかったはずのニンテンドー64と大量のソフトたち。そんな1人と1台が、なぜ一緒にじいちゃんの家に預けられることになったのかはわからない。ただ、そんなことがあったのだ。

64とブラウン管テレビの繋ぎ方すらわからないじいちゃんは、退屈そうなウエダ少年を見て、なんとかしなきゃと焦っていたことだろう。

マリオ64のことは知っていた。たぶん、当時の友人の誰かしらの家で見たことがあったんだと思う。初めて触れる64のコントローラーは、思いの外、小さな私の手にも馴染んだ。

この絵に飛び込んだら新しいステージに行けるんだ。この茶色いのはクリボーで、踏んだらコインに変わるんだ。赤いブロックを叩いたら羽の帽子が出るけど、まだ飛び方はわからないんだ。じいちゃんは時々感心したような、それでいて退屈そうな、そんな感じで私のことを見ていたのだと思う。

ボムへいのせんじょうのボムキングは、そんな私が唯一倒せるボスだった。山の頂上に居座るデカい爆弾の王様は、王様のくせにへなちょこで、3回投げれば勝てるから。だから私は何度も、ボムへいのせんじょうを訪れては、山の頂上まで登り、ボムキングを3回投げて倒してを繰り返していた。

 

すっかり忘れていた記憶。私とニンテンドー64とじいちゃんとの、奇妙な数日間の思い出。じいちゃんはあの数日間、一体、どんな気持ちで私がボムキングを投げるのを見ていたのだろうか。競馬中継もワイドショーもはぐれ刑事純情派も映さずに、ただ、ボムへいのせんじょうのポップなBGMだけを流し続けていたボロボロのブラウン管テレビを。

今となっては本当のことはわからないけれど、だけど今となってはじめてわかる気もしたりしなかったり。

 

「ほっ!」

 

助走をつけて頭から飛び込むと、絵画は水面のように波紋を浮かべながら私の身体を吸い込んだ。次の瞬間、眩い太陽の光と爽やかな草原の匂いが私を包む。どこからか聞き覚えのあるポップなBGMが流れ出す。私は眩しさに目を細めながら山の頂上を見つめた。

きっと、あいつはまだあそこにいる。

私はもう、羽帽子での空の飛び方を知っている。クッパの倒し方も、ヨッシーの居る場所だって知っている。

だけど、私はまだ、あの頃と同じようにボムキングを倒すことが出来るだろうか。

 

アカシックレコード屋さんに行ってきた。

そこには世界の起源から今に至るまでの出来事が全て記されているらしい。

たしかに、あながち間違ってもいないかもしれないな。大きく深呼吸を一回。そして、山の頂上に向かって駆け出す。

きっと、私の知りたかったものはその先にある。